ついに4分30秒を超えるペースに落ちた。
タイムを狙うよりも、早く終わらせたい意識が強まってきていたかもしれない。
これまでの経験からすると、「練習で自分自身をコントロールできる最長距離+7km」、ってのがレースで気持ちを維持できる目安だと思っている。
つまり、42km全てを自分で支配するためには、練習で35kmという距離を自分の管理下に置いておく必要があるということだ。
35km走をしていないわけではないが、気持ちの入ったコアな区間は30数km程度だったように思う。
そんな仮説に追い討ちをかけるように、「口の堀」陸橋の登り坂が立ちはだかる。
歩いてはいないけど、ペース的には早歩きに近い。やけに応援が多いが、頑張って走ったら攣りそう…。
それでも、距離の短さに助けられ、なんとか登り切り、なんとなく緩い下り勾配に変化した気がしないでもない道路を惰性で進む。
つくばのコースは、ここに至るまでの30~35kmの単調な区間の意識の持ち方が非常に重要なのだと、レースを終えてから悟った。
あとは、大学構内に入って、陸上競技場へ向かうだけなのだが、闘争心が頭から蒸発し始めている。
「ヤバイよ、これ…」とテンションの低下(と、若干の脚の重さ)に危機感を感じ、36km地点でベスパハイパーを投入した。
ペースアップどころじゃなくて、あと6kmを、歩かずに走れるだけ持たせてくれれば十分だ、ってとこまで気持ちが低下。もう、病人のようだ。
・36.5km 給水(石油店)
「早く終わりたい…」と祈る気持ちも虚しく、最後の折返しエリアへ誘導された…。真っ直ぐ進めばもうゴールが近いはずなのに、わざわざ左に曲がらせられる。
距離を把握していないこの区間が一番精神的にきつかった。
しばらく前まで併走していた選手と対面すると、「あ、こんなに差が開いちゃったのか…」と凹む。
前半に抜いてきた仮装ランナーにこの終盤で抜き返され、やがてまた道路の反対側でダメ押し対面を余儀なくされる…。
そして、折返し点がちっとも現れず、またまた凹む…。
ようやく折返し地点を回り、ヘロヘロ戻ってくると、やっと40km地点を通過。
【40km通過】 24’58(@5’00) 2h57’55(予定:2h57’00) <4’43-4’51-5’03-5’10-5’11>
ついにBプランも下回ってしまった…。でも、そのときは気づかず、それよりも、あ、まだ3時間経ってないんだ…ってことに安心してたような気がする。精神もゾンビ化進行中だったようだ。(ネットで2時間56分14秒での通過は、一応、過去最速…ではあったはず)
そういえば、「41kmでサブスリー」を目指そうと数日前に書いたような気がする。
こんなにわかりやすい、しかも十分達成できる目標があったのに、すっかり失念していた…。
明確な目標をしっかり意識していなかったのが、歯止めの効かなかった理由のひとつだろう。
スタート直後に通ったはずの、大学構内のコースに合流した。ペースがまったく上がらない。 というか、その気力がない。なんでもいいから終わってくれ、って感じ。
最後の力を振り絞った選手が、脇をどんどんスパートして行く。意外と笑顔の選手が多い。
右にフラフラ、左にフラフラと漂うように辛うじて前に進むだけの自分。過去、40km以降を9分台で駆け抜けたことも少なからずあったはずだが、とてもそんなペースでは走れそうもない状況だ。
痙攣が来ている訳でもないのに、スパートがかけられないのは、ただ単に強い気持ちが足りなくなっていただけなのか。あるいは脱水状態だったのか。
率直に言って、まだまだ脚は生きてたはずだ。
やがて、折返し地点でも遭遇したABEさんの背中が見えたので、初対面ながら声を掛けさせてもらった。ビックリさせちゃったかも。
・40.5km「プラズマ研」前通過
「早くスタートラインまで戻りたい…」と思い続けていると、突然、前方に急坂が出現した。
(ん?)
こんなところ、朝走った記憶が全くない。たぶん、突然見通しが良くなったポイントなのだろうが、朝の時点では、混雑が激しすぎて、起伏の有無など意識しているどころではなかった。
ラストスパートをかける選手には、この急坂は最後の試練になるのだろうが、フラフラしてる自分には、あまり影響がなかった気がする。
オールスポーツのカメラマンさんに、一瞬だけ手を上げて応えてみせたような気もする。
見覚えのあるスタート地点まで戻れば、あと200m弱でグランドだ。だが、似たような景色が続くばかりで、なかなかグランドに近づかない。「まだか~、まだか~」と呟きながら進む。
沿道の声援が増えてきた。なんとなく、もうすぐのような気がする。この辺り、後続の選手に、圧倒的に抜かれまくった。
あとで思えば、どうやら3時間10分切を目指す選手が大勢いたのだろう。自分は、ゴールタイムの計算すら、かなり前から放棄していた。
MCの声がスピーカーから聞こえ、コースを左折すると、グランドの入口が見えた。
ラストスパートとは対極の状態で、相変わらずフラフラと蛇行しながらトラックを進む。
ほとんど前を見ずに、自分の足元だけを見つめていたような気がする。
42km表示を通過。まだ3時間一桁台のタイムで収まっていたのが、不思議に思えた。
トラック内だけで、たぶん20人には抜かれたと思う。
最後のコーナーを回って、ゴールまであと数十m。ここも蛇行しながら止まりそうな不安定さで進んだ。
どこかの誰かが、「黄色!頑張れ!」と声援を送ってくれた。それほどふらついてたんだろう。
フィニッシュゲートがじわじわ近づいてきた。
ラインを越えたかどうかくらいで、さっさと時計を止めた。
やっと開放された。
【ゴール】 12’24(@5’39)3h10’30(予定:3h06’50)<5’32-5’39-1’13>
<ネット:3h08’49(@4’28) 1h30’35(@4’18)-1h38’14(@4’39)>
すぐさま、係員が駆け寄って来て、自分の身体を支えて、「医務室行きましょうか?」と尋ねてくれた。
「あ、大丈夫です。もっと大変な人、いっぱい来ると思いますから…」と精一杯の見栄を張り、お礼を言ってトボトボ歩き始めた。たぶん、まだ余力が残ってる実感があったんだと思う。
ゴール直後は、「最後まで走り切った」というだけで、満足感はあったはずなのだが、こうして2週間以上経ってから振り返ると、「疲労困憊を演じて手抜きしてたんじゃないか?」という疑念も湧いてきたりしている。
もっとも、記録証発行所の手前で、自力でシューズのチップを外せなかったのも事実なんだけど。
【総括】
今回は、「余裕度を上げる」というテーマで練習メニューを組んだ。また、トレーニングの内容も、「走込み準備期」「走込み期」「プレ仕上期」「仕上期」「調整期」と段階に応じて変化を持たせ、徐々に負荷を上げていった。
これまでの練習に比べると、比較的余裕のあるペースでより長い距離を走ることが増加し、レースペースでのトレーニングは、本番数週間前に、最長15kmまでの距離でやったに過ぎない。まさに、eA式を、そのまま踏襲したと言ってよい。
結果として、スピード練習が少なかった割には、本番レースでは、それなりのペースで走っても違和感がなかった。また、過去のレースに比べると、終盤の落ち込みが緩和されたといってよい。(今回の最後の数キロは、脚が終わったのとは違う原因だと考えている)
こうしてみると、今回採用したトレーニング方法は、自分に適していたようだ。事前に、「欲を言えば、35km距離走をあと2回やっておきたかった」という思いがあったのだが、まあ、その通りの結果になったのだと思う。
序盤の渋滞が常識的な前提で考えると、当面の目標は、3時間3分(@4’20)くらいが妥当な線だろう。このあたりをベースキャンプに設定し、仕上がり次第で、少し上にチャレンジできるような、そんなレベルに持っていきたい。
「サブスリー」というのは区切りとしてはわかりやすいが、自分の実力を客観的に評価すれば、まず、3時間5分を確実に切れる安定感を身につけることが先決だ。
今回のレースを終えて、かなり具体的なペース配分が現実目標として捕らえられたことは大きな収穫だった。
来年はウサギ年。自分の年だ。
当初、「ロンドン五輪までにサブスリー達成」と嘯いたことがあったが、1年前倒しで、2011年内には達成したいと思う。
来年も、つくばに出ようかな。せっかくコースを把握したんだもんな。



